特別企画
「超時空要塞マクロス展」天神氏、元木氏、吉崎氏トークショー
累計変形回数4730回! 自動変形のマクロス誕生秘話を語る
2022年10月27日 00:00
- 【超時空要塞マクロス展】
- 7月1日~10月24日開催
- 会場:宝塚市立手塚治虫記念館
- 入館料:
- 大人700円
- 中高生300円
- 小学生100円
「マクロス放送40周年記念 超時空要塞マクロス展」の最終日である10月24日には、天神氏、T-REX元木氏、アスラテック吉崎氏の3人によるトークショーが行われた。「超時空要塞マクロス展」後編である本稿ではトークショーを中心に取り上げていきたい。
本イベントは宝塚市立手塚治虫記念館で7月1日より開催された。自動で変形する「変形マクロス艦」を目玉に作品資料や立体物が展示された。2023年3月には横浜でも開催予定だ。展示内容に関しては前編を参照して欲しい。
累計変形回数は営業日だけで4730回以上、1時間に3回の変形を実現
トークショーで天神氏がまず触れたのが「4カ月ロボットの変形をやり続けることは大変」ということ。「変形マクロス艦」は、劇中同様の宇宙船型の「マクロス要塞艦形態」から、人型の「マクロス強行型」に変形する。スタッフの手を使わずサーボモーターで行われる変形は、イベント期間中休まず1時間に3回のペースで行われた。
吉崎氏は「未だに緊張している。産業用グレードではなく研究用、ホビー用のサーボモーターを18個交換せずに走り切れた」と語った。なお使われているのはRobotis(ロボティズ)のロボット用モーター Dynamixel(ダイナミクセル)シリーズ。画像とロボットのタイミングを合わせるために、かなりの通信を行っているという。
変形マクロスロボは重さ5kg程度のロボットで18個のサーボモーターを内蔵している。累計変形回数は営業日だけで4730回。実際にはもっと多くの回数、動かしている。モーターは動かせば動かすほど損耗率・故障率が上がる。当初は「1時間に1回くらいのペースでもいいか」と思っていたそうだが、それでは来場者からするとちょっと厳しい。
一方、20分に1回だと、1回のイベントにかかる時間が10分程度なので、ちょっと待っているだけですぐ次の回も見られる。そう考えて、1時間に3回となったそうだ。
自動変形マクロスの変形過程
改めて「変形マクロス艦」の変形プロセスを紹介したい。モチーフとなる「SDF-1 マクロス」はテレビ版と映画版では形が異なるが、宝塚市立手塚治虫記念館で開催された「マクロス放送40周年記念 超時空要塞マクロス展」のために今回制作された「変形マクロス艦」はテレビ版。
右腕部分には揚陸艦「ダイダロス」、左腕部分には空母「プロメテウス」が付けられている。マクロス艦が自動変形する様子と合わせた映像と音楽を交えた演出が行われる。残念ながら動画撮影は認められなかったので、まずは複数の写真で変形過程をご紹介する。強行型から要塞艦に戻るところだ。要塞艦から強行型はこの逆である。
前編でも紹介したが、改めて紹介すると「変形マクロス艦」の企画・監修はイラストレーターで「マクロスビジュアルアーティスト」の天神英貴氏。外装の設計・製作担当はロボットメカニックトイなどの造形設計を手掛けるT-REXの元木博行氏。そして内部のフレームの設計と、制御にはロボットスタートアップのアスラテックのチーフロボットクリエイターの吉崎航氏。
制御ソフトウェアには吉崎氏が継続開発している「V-Sido(ブシドー)」が使われている。「V-Sido」の機能によって各部モーターのトルク(力)や角度をリアルタイムに調整しながら動かすことができ、省電力化を実現することでサーボモーターを長寿命化し、展示物であるマクロス艦の破損を防いだ。
変形マクロスが誕生するまで
トークショーでの話題は誕生経緯に。「変形マクロス艦」の企画が始まったのは2021年初頭。この展示会のメイン立体展示を考えるにあたり、当初は「1/1バルキリーの頭部」とか「2m級のマクロス」など、様々な他の案が提案された。だが天神氏は「マクロス40周年なら変形しないのはダメだろう」と考えた。
マクロスで変形というと、多くの人がバルキリーの変形を連想する。しかしバルキリーは作品ごとに変わっているが、初代マクロスはずっと象徴的な存在として出続けている。天神氏はバルキリーではなくマクロスの立体展示を行ったことがないことに気づき、マクロスを大型模型として立体化し、さらに変形することを提案した。最初は3m級のマクロスの一部パーツを差し替えて変形させることで、期間限定で展示入れ替えをするというものだったという。
2021年7月に天神氏から相談を受けた吉崎氏は最初、1/2000程度のサイズで検討を行った。内部のフレームの検討だけなく、市販のマクロスのプラモデルをもとに概念検討を重ねた。設定のマクロスの姿に合わせつつ、3カ月以上の長期にわたって、一日7時間半、動かし続けても壊れない関節構造や機構、重量バランスを検討する必要があったからだ。
最大の課題は軽量化
もっとも大きな課題は軽量化。長い棒を持つときに、端っこを持つと重たいし、動かすには大きな力を必要とする。それと同じで、ロボットも長い腕やマクロスの主砲のような長いものを動かそうと思うと大きな力を必要とする。だから先端部はできるだけ軽くする必要があるし、長物はできるだけ短いほうがいい。負荷が低いほうが破損の可能性が下がるからだ。
そこで吉崎氏はT-REX元木博行氏に相談し、マクロスの肘部分の負荷を下げるために左腕の「プロメテウス」や右腕の「ダイダロス」の長さを縮めてくれないかという話をした。元木氏はまずはざっくり切って全体サイズを縮めて、サーボの負荷などを検討した。最終的にはフォルムと負荷のバランスをとって、肉抜きをして軽量化するなどしながら形状を決定していった。
「ダイダロス」については設定通りだとずいぶんほっそりしてしまうことから、「ダイダロスアタックの雰囲気にならない」と判断し、ボリュームを大きくしたという。天神氏はもともとダイダロスのなかには小さいデストロイド部隊を配置したいとも考えたそうだが、そういう機構や意匠を付け加えると先端部が重く負荷が増すため断念した。
なお元木氏は最初、吉崎氏について特に何も伝えられることなく天神氏にアスラテックの倉庫まで呼び出され、フレーム変形ができる試作モックを見せられて、それに外装をつけるように言われたのだそうだ。元木氏は「『……はい』という感じだった」と当時を振り返った。吉崎氏の実績を知らなかったこともあり最初は「そんなに簡単に動かせるわけない」と思っていたという。
フレームに仮パーツ外装をつけた状態での変形をもとに、T-REXで実際の造形を仮出力パーツを使ってクリアランス等の検討を重ねて、最終的なフォルムが決定された。ラフ出力を出しては調整を繰り返し、いま展示されているモデルは「4番艦」なのだそうだ。
主砲の基部やエンジン部分など全体のバランスは設定資料と比べてみると、実はだいぶ異なる。肩部副砲と肩アーマーの変形はアレンジされ、テレビ版マクロスの特徴である頭部(ブリッジ)の合体・展開は、主砲部分とも干渉しやすくアンテナも折れやすいので、事故防止のためにオミットすることになった。
しかし、だいぶ異なる部分がある一方で、全体的な雰囲気はテレビ版の「マクロス」に見えるようになっている。吉崎氏は「リファインされた設計図というかたちで帰結している。あれはすごく価値のあるものだと思います」と評価し、天神氏は「(マクロスのメカデザイナーの)宮武さんからも『ようやくマクロスのデザインが完結した気がする』と褒められた」と語った。その言葉には感動したという。
なお、T-REXの本業はロボットの骨組みに外装をつけることではないし、吉崎氏のアスラテックもハードウェアは基本的にはやらないと言っている会社だ。天神氏もこの仕事のなかで動画編集と3Dアニメーション作成を新たに勉強したという。
お互いに「正規ルートで来たらやらない仕事」だったが「無茶振り」で「ロボット好きがピンで集まった感じ」の「奇跡の関係」で、「お仕事として利益を考えてしまうとなかなか難しい」と語り合い、会場は爆笑していた。
長期間展示を安定して実現した鍵は消費電力
吉崎氏は「展示期間が三日だったら全部のギミックを入れた」と述べた。だが実際の展示期間は4カ月間だったため、展示物としての楽しさ、信頼性を優先した。だがちゃんと検討したのだということを実際に変形するブリッジのモデルを持参してアピールした。ちなみに吉崎氏は一度、アンテナを折ってしまったことがあるそうだ。なお、マクロスのパーツは光造形の3Dプリンターで出力されている。細部まで積層痕を消すためにT-REXでは研磨に2ヶ月をかけているという。
さて、今回の実現の鍵は消費電力にあったと吉崎氏は語った。今回のマクロスロボには18個のモーターが入っているが、消費電力はわずか6W程度(12V 0.5A)。これは、サーボモーターの寿命を延ばすためには消費電力を下げるといいのではないか、と考えたためだ。この消費電力を実現するために、制御ソフト、重量バランス、機構、モーションなどで工夫を積み重ねた。
マクロスはヤジロベエのようにバランスをとりながら最小限のトルクで、柔らかく、姿勢を保ちながら変形している。カウンターバランスをうまく使うことで、見た目以上の駆動力を実現できているのである。なお一番バランスが崩れやすいのは、腕を広げるシーンとのこと。
なお一部はマグネットを使って補助している部品もある。一度だけその磁石が取れたことがあったが、それも現場の運営の人がすぐに対応してくれ、事なきを得たという。また、各ブロックの伸縮スライド動作は回転動作で代用している。これも寿命対策だ。
滑らかに各関節を動かし、止めるための制御ソフトウェアは「V-Sido(ブシドー)」が使われていることは前述したとおりだ。なお「V-Sido」は単にロボットの変形だけをおこなっているのではなく、音と映像にロボットの動きをリンクさせたり、照明のON/OFFなど演出系の制御にも使われている。
吉崎氏は「貴重な経験ができた。技術的には形が作れるということと、4カ月間、無事故で走らせる経験ができたということは本質的に違う。やる前は1カ月ごとにモーターの交換が必要かもしれないと考えて予備部品を大量に用意しておいた。未だに予備部品が大量にある。ここまで走れたことは自信にもなるし実績にもなる。もしかしたら別のところでもご検討頂く時に、私も『うん』と言いやすくなる」と語った。
サーボモーターを触ったり音を聞いたりすることで、ギヤに隙間ができてないか、熱を持ちすぎてないかといったことがわかるため、よく触診しているという。T-REXでも熱を持ちすぎてないか、ときどき触りながら検討したそうだ。
また、主砲部分がやや前に垂れ下がってしまっているのは、もともと主砲部分に6つのモーターが内蔵されているため重量があり「だんだん下がってしまった」そうで、今後の改良点となりそうだ。
「変形というものの本質を見てほしい」
天神氏はもともとはプロジェクションマッピングもやりたいと考えていたそうだ。しかしながら什器のサイズが現在の1.5倍以上になり、観客とマクロスの距離が生まれてしまうこと、そして動いているロボットに投影することは難しいことと、映像とのずれが生じてしまうと展示としては成立しなくなることから今回はメンテナンス性を重視して、今回は見送ったそうだ。
今回のマクロスが白い理由は、天神氏は「変形というものの本質を見てほしかったから」だと語った。「昔、マクロスを見て変形した時、すごく心が躍ったじゃないですか。一つの塊が同じ質量、同じ体積のまま、別の形になる。夢みたいな光景だった」と当時を振り返った。
そして「色々な問題に当たった時に、自分の形を変えて問題に対処するということを教えてくれたんじゃないか。マクロスの場合は主砲を撃って敵を撃退するために。バルキリーも相手に応じて戦術を変えるために3段変形する。自分の形を変えて問題に対処して解決する。その意味ではマクロスは本当に重要なことをカッコ良いデザインで教えてくれた」と語った。そして「やっぱり『マクロスの変形は素晴らしいよね』ということをみんなに伝えたい。見てもらいたい。体感してもらいたい」と続けた。
吉崎氏も「天神さんの作りたいものに応えられるかが本質」と述べ「私からすると諦めたところの選択について見てほしい。たとえば肩ピッチ軸は最初から最後まで動かない。肩が動かなくても成り立つように考えた。動かないことが動くことよりも価値があることもある」と語った。元木氏は「うちは受け止める側。変形を確認しながら調整を繰り返すために簡単に変形できるスイッチを作ってもらって確認を繰り返した。失敗すると壊れてしまう。なんとかクリアランスを取りつつ、なんとか変形できるように外装デザインの調整をしていった」と語った。
トークショーは最初から最後まで温かい雰囲気で進んだ。最後に天神氏は「(変形マクロス艦)は40周年のマクロスの矜持。なんとか実現した。本当に嬉しい」と述べた。吉崎氏は「平日にも関わらず大勢に集まって頂いた。この景色を見られただけでもプロジェクトは成功したと思える」。元木氏は「参加させて頂きありがとうございました。(T-REXが担当している)バルキリーも見ていってください」と締めくくった。
近隣店舗ではコラボメニュー「グルメマクロス」も
近隣店舗では「グルメマクロス」と呼ばれるコラボメニュー展開も行われていた。店舗では作品コラボメニューのほか、お店ごとに異なるデザインのプロマイドが数量限定で配布された。手塚治虫記念館は同日であれば途中入退場可で、午前中に一度来館したあと、いったん外に出て昼ごはんやデザートを食べたあと、また午後に戻ってくるといったことができる。だからこそのグルメコラボだ。
筆者も手塚治虫記念館・最寄りの「天麩羅 味ごよみ すずき」で提供されていた「SDF-1 マクロス 天丼」を頂いた。「すずき」はカウンターのお店なのだが、並んだ客皆が同じメニューを食べていた。「マクロス」放送から40年経ち、放送当時には小学生~中学生だった自分が50歳を超えて「マクロス」の企画展を取材しつつ天丼を食べるとは想像もしなかった。なお、映画版は見たがテレビ版は見ていない、あるいは覚えていないという方も少なくないと思うが、劇場版とテレビ版は話がだいぶ違うので、作画には目をつぶって是非ご覧になることをおすすめする。