特別企画

鉄道ライター・杉山淳一の「鉄道ジオラマ旅情」、第1回:横浜「京急ミュージアム」

品川から羽田空港、三崎口まで……沿線風景を凝縮し、ほぼ全線を再現したジオラマ

今回の旅:「京急ミュージアム」

所在地:横浜市西区高島1-2-8 京急グループ本社1階
開館時間:10:00~17:00(最終入場16:30)
休館日:毎週火曜(火曜が祝日の場合は翌日)年末年始および特定日
入館料:無料 ※ジオラマ車両運転など一部体験コンテンツは有料
アクセス:横浜駅東口から徒歩約7分 (新高島駅から1分)
※2020年7月25日現在 事前申込制 平日は当日入場も可

「京急ミュージアム」は、新高島駅出口2を出ると正面にある

 HOBBY Watch の読者様、はじめまして。乗り鉄 & 書き鉄の杉山淳一と申します。簡単に言うと鉄道ライターです。ふだんは実物の鉄道を訪ねて列車に乗って、実物の鉄道の話を書いています。私も模型沼に入ってみたいけれど、乗り鉄で手一杯……。

 しかし、各地を旅して鉄道博物館を訪ねると、必ずジオラマコーナーに足を止めます。線路を敷いて車両を走らせる展示物。でも、風景の作りかたや演出から制作者の意図を探ると楽しい。これも1つの旅かな、と思います。

 各地のジオラマはその場所ならではの特色があります。またそのジオラマの独特な鉄道背景、また、その施設に行くまでにも鉄道ファンならば楽しくなる情報が盛り込まれている。今回から始まるこの「鉄道ジオラマ旅情」では、鉄道ジオラマから立ち上る「旅への想い」を拾い上げていこうと思います。

【著者近影】
緊急事態宣言以来、世間の外出自粛の空気を読んで「乗り鉄」は休業中。懐かしさのあまり買ってしまった鉄道コレクション「東急3450形」を飾るミニジオラマを作ろうかな……

京急の電車で来てほしいけど、地下鉄の真上

 「京急ミュージアム」は横浜駅の次の「新高島駅」の真上だ。地上出入口2を出た正面のビルが京急グループの本社、その1階が京急ミュージアムだ。ガラス面の奥に赤い電車が鎮座している。昭和4年から昭和53年まで走っていた「デハ230形」だ。

 京急ミュージアムの公式サイトでは「横浜駅東口から徒歩約7分」となっている。これは「京急本社だから京急の電車で来てほしい」という大人の事情だろうなあ。でも、この徒歩ルートも趣があって良い。横浜駅東口から「はまみらいウォーク」で帷子川(かたびらがわ)を渡れば、そこは水辺。都会のウォーターフロントの眺めだし、橋の先の日産グローバル本社ギャラリーに立ち寄れば、入場無料で名車を見物できる。

 鉄道模型ファンなら、日産グローバル本社ビル隣の横浜三井ビルにある「原鉄道模型博物館」も素通りできない。ただし7月25日現在、新型コロナウイルス感染防止のため臨時休館中となっている。こちらは別の機会にご紹介したい。今回は京急本社ビルに直行だ。

あえて壁を作らず「島式」にした意図は……

 京急ミュージアムの鉄道ジオラマは「京急ジオラマライン」と名づけられ、館内の中央にある。これは博物館系の鉄道ジオラマとしては珍しいスタイルだ。鉄道博物館のジオラマのほとんどが「壁寄せ型」で、1方向、またはその側面から眺める方式になっている。その壁を使って朝昼夕夜の空を再現したり、車両の紹介ビデオを投影したりする。時間を決めてナレーション付きの鑑賞プログラムも行なわれる。劇場型演出だ。

京急ラインジオラマは昭和の名車「230形」(左)と並ぶ。車両の縮尺は1/80

 しかし「京急ジオラマライン」は島のように鎮座するから壁を使った演出はない。線路配置もシンプルで、HOゲージという縮尺80分の1の規格の複線が1周するだけ。さすがにO型のオーバルコースではなく、起伏とカーブを織り交ぜている。長編成の電車が蛇のようにウネウネ走ってくれないとリアリティに欠けてしまうからだろう。

 そういえば、実物の京急電鉄は緩やかなカーブ区間の疾走も魅力の1つ。とくに私は立会川~大森海岸間の走りが好きだ。いまは亡き800形の普通列車が、追いかけてくる快特から逃げるように疾駆する、そのモーター音にシビれたものだった。

京急本社2階ロビーからジオラマ全景を眺められる

 さて、壁を使った演出がなく線路もシンプルな「京急ジオラマライン」は、そんな理屈はどうでも良くなるくらい楽しい。なぜなら風景の見どころが多いからだ。全体を6つの区画に分けて、それぞれを「品川・都心エリア」、「京急蒲田・羽田空港エリア」、「京急川崎エリア」、「横浜・みなとみらいエリア」、「上大岡・金沢文庫エリア」、「横須賀・三浦・葉山エリア」とした。リアルに近い世界観が緻密に描かれる。

 これはモジュールレイアウトの概念に近い。鉄道模型イベントに行くと、参加者各自が長方形や台形などの規格で風景を作り、持ち寄って連結する「分割大型ジオラマ」を見かける。「京急ジオラマライン」はそのアイデアに通じる作り方だ。全体で京急本線になるけれど、個別に見れば各エリアのランドマークや特長が明確にわかる。

 そのつなぎ目の処理がとても上手で違和感がない。模型の車両に乗った目線でもわかれ目は気づきにくい。「京急ジオラマライン」は有料で模型を運転できて、車載カメラで前面展望を眺められる。まるで模型の中に入った気分になれる。これも博物館のジオラマとしては珍しい仕掛けだ。ぜひ試してほしい。

 島のように館内に置いた理由も、この景色をあらゆる角度から見てください、という意図だと思われる。全方位からみられる。つまり死角無し。風景に隙を作ってはいけない。そのプレッシャー大きいはず。大任を果たした制作会社は株式会社「ポポプロ」という。鉄道模型ショップの有名店「ポポンデッタ」の関連会社と聞けば納得である。

こちらは京急本社2階受付。待ち合わせ用の椅子は800形のロングシート。
ジオラマ路線図

各エリアの見どころ

 各エリアの作り込みが細かく、見どころを挙げていけばキリがない。筆者が気づいたところを挙げていく。

 「品川・都心エリア」は現在の京急品川駅周辺から八ツ山橋にかけて。京急品川駅周辺は再開発が進行中で、将来は地上駅になる。ジオラマの情景は、何年か後に訪れると「昔はこうだったんだよな」と懐かしくなるだろう。高架下のラーメン街「品達」もある。京急高速バスターミナルもある。すべて消えゆく運命だ。「八ツ山橋」といえば映画『シン・ゴジラ』でゴジラが京急の電車を引っ張り上げた場所だ。ゴジラはいないけれど、映画を見た人なら思い出せるはず。

品川駅から八ツ山橋を臨む
JR線との交差部分。高架下にラーメン専門店街「品達」。店内も作り込まれている

 「京急蒲田・羽田空港エリア」は、中央に羽田空港を配置。滑走路とランプウェイの上に航空機が並んでいる。京急本線と空港線が分岐する京急蒲田駅も再現されており「蒲田要塞」と呼ばれる堂々たる姿だ。このエリアの見どころは「遠近法」の使い方だ。蒲田要塞から羽田空港が遠くに見える。じつは、空港線の線路はNゲージといって、HOゲージより小さいサイズを使っている。だから線路が遠くまで伸びているように見える。

蒲田要塞こと京急蒲田駅。右へ伸びていく線路が空港線。違和感はないけれど、実は1サイズ下のNゲージで作られている。その下の国道はかつて踏切があり、箱根駅伝の名所のひとつだった
羽田空港から蒲田駅を眺める。Nゲージの空港線は飾りで電車は走らない。空港線が地下に入った先が国際線ターミナル(第3ターミナル)だ

 多摩川を渡って「京急川崎エリア」にも「遺跡」がある。産業道路を横切る大師線の踏切と産業道路駅だ。産業道路は川崎港と都内を結ぶ幹線道路で、踏切によって大型トラック、トレーラーが大渋滞を起こす「負の名所」だった。そこで1994年から地下から着手、2019年3月に完成し、もうこの踏切は見られない。産業道路という駅名も今年3月に大師橋駅に改名された。渋滞にイライラしたドライバーも、排気ガスや騒音に悩まされた人も、模型なら懐かしいかもしれない。もちろんこのエリアの象徴、川崎大師やタワーマンションもある。大師線の終点、小島新田駅周辺は工業地帯が再現されている。

いまは亡き産業道路の踏切。23区からコストコ川崎店へクルマで行く人はイライラしたはず(笑)
小島新田駅付近。奥に川崎大師がある。その右側が川崎大師駅。ただし反対側のプラットホームは港町駅のようだ。駅前にタワーマンションが並ぶ

 「横浜・みなとみらいエリア」はランドマークタワーを始め高層ビル群、赤レンガ倉庫や観覧車を配置。もちろんこの京急本社ビルもあって、よくみると1階に「京急ミュージアム」がある。赤い電車も展示されている。横浜港の海の場所があるぶん、地面が少なくデフォルメされているけれど雰囲気はある。その向こう側に弘明寺(ぐみょうじ)と京急グループの温泉施設「みうら湯」が作り込まれている。

横浜みなとみらいエリア。観覧車中央のデジタル時計は実際の時刻を表示する。中央の青いガラスのビルが京急本社ビルで、1階の京急ミュージアムも再現。230形が入っている
みなとみらいエリアの裏側。高架やビルの下の配置も抜かりなく。低層住宅の圧縮も見事。隙のない作り込みだ

 「上大岡・金沢文庫エリア」は金沢八景駅エリアと上大岡駅エリアを再現した。金沢八景駅エリアは新交通システム「シーサイドライン」の駅も隣接する。上大岡駅は京急グループの新拠点で、京急百貨店と一体化されたビルだ。大きなビルがどんと鎮座するだけでは味気ないけれど、実は上階の催しも会場の壁がくりぬかれ、館内を覗ける。「京急鉄道フェア」が行なわれ、鉄道ファンに人気のバンド「スーパーベルズ」のライブを再現。中央にDJ車掌の姿を確認できた。

金沢八景駅とその周辺。コンパクトなバスロータリーとシーサイドラインの位置関係は実物ソックリ
三浦半島の入口にそびえる上大岡駅。京急の重要拠点で、座席指定列車「モーニング・ウィング」、「イブニング・ウイング」は品川~上大岡間をノンストップで走る
京急百貨店上大岡店の催事場が見える。スーパーベルズのライブを開催中

 「横須賀・三浦・葉山エリア」は京急電鉄が観光誘客に力を入れている地域で、もっとも広い区画となっている。横須賀中央駅と三崎口駅という観光拠点があり、海沿いに城ヶ島京急ホテル、京急油壺マリンパーク、観音埼灯台と観音崎京急ホテルを配置。2つのホテルは海を望むリゾートホテルとして有名で、どちらも客室やロビーなどでくつろぐ人形たちが楽しそうだ。城ヶ島京急ホテルは新型コロナウィルス関連休業のまま、老朽化もあって閉館した。この景色も在りし日の姿となる。

横須賀中央駅から上大岡駅方向を見る。山を使って風景を区切っている。ジオラマ作りでは定番テクニックの1つ。左の山の上のビル群は「YRP(横浜リサーチセンター)」
京急久里浜工場は屋根を外して内部を見せている。懐かしい車両もあり、鉄道ファンにはたまらない眺めだ
三崎口駅。よくみると駅名標が「三崎マグロ駅」になっている。京急が力を入れている観光拠点で、「みさきまぐろきっぷ」は京急のヒット商品だ。駅前にはオーブントップバスも停車中

 隣の上大岡駅から続くあたりは京急久里浜工場が占める。毎年、京急ファミリーフェスタが開催され、工場全体がイベントスペースになる所だ。車両、工場、トラバーサーという車両平行移動装置などが作り込まれ、工場の片隅には古い車両が保存されている。鉄道ファン向けのサービス風景だ。

観音崎京急ホテルから京急油壺マリンパーク方面を望む。品川からここまで歩くと、京急の車窓がいかに変化に富んでいるかよくわかる。実際に乗って旅をしたくなる

コミュニケーションツールとしての博物館、そしてジオラマ

 従来、鉄道博物館のジオラマといえば「さまざまな車両が入れ替り立ち替り走る」が主題だった。風景は「特徴的な建物をひとつふたつ置く」という「1点豪華主義」だ。かつて東京・神田にあった交通博物館、大阪・弁天町にあった交通科学館などがそうだ。しかし、近年はシーナリー(情景)に力を入れるジオラマも増えている。

 「京急ジオラマライン」は風景中心に割り切った典型的な作品だ。それは「京急ミュージアム」のあり方を示している。博物館といえば「歴史や文化を残し、伝える施設」だと思う。これは公立博物館の存在意義で、企業が設置する私設博物館もしかり。「京急ミュージアム」も初代車両を復原展示するなど「歴史と企業文化の紹介」に力を入れる。

 その一方で「京急ミュージアム」の目ざすところは「沿線のお客様とのコミュニケーション」だ。ジオラマを見れば、沿線の誰もが知っている風景がある。そこには京急沿線で生まれ育った人の思い出があり、現在の生活ともリンクする。大人も子どもも、電車や線路だけではなく、自分が知っている風景を発見して喜ぶ。無数に配置された人形やクルマも含めて、そこに自身を重ねて思いを巡らせることだろう。

京急ジオラマラインの電車は車載カメラが搭載されている。ジオラマの前面展望を眺めつつ、800形で使われていた本物の運転台で運転体験ができる。1回100円、約3分

 筆者は「ベランダから京急と直通会社の電車が見られる」という理由で、平和島競艇場付近のマンションに15年ほど住んでいた。ジオラマには平和島競艇場もしっかり作られている。平和島競艇は府中市が運営し、施設の管理、商業施設の運営は京急グループが行っているからだ。では筆者が住んでいたマンションは……ない(笑)。線路と競艇場が密接し、そのあたりの建物はごっそり省略されていた。それでいいのだ。いまも付き合いのあるご近所さんと飲むときに自虐ネタになる。「人々の話のタネになる」は、まさに京急グループと利用者のコミュニケーションの証だ。

平和島競艇場と線路。筆者が住んでいたマンションはこの間にあるのだが(笑)

 「京急ジオラマライン」は来館者にとって「懐かしい風景」と「行きたい風景」をあらゆる角度から見せてくれる。だから飽きずにずっと眺められる。