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「マジック・ザ:ギャザリング」、人種差別を想起させるカード7枚が全フォーマットで使用禁止に。その背景にあるもの、今後のプレイにもたらす影響とは?

 2020年6月10日、人気TCG「マジック・ザ:ギャザリング」(以下MTG)を開発・販売しているウィザーズ・オブ・ザ・コースト(以下WoTC)は、人種差別を想起させる描写が含まれている7枚のカードについて、同社のデータベースから画像を削除し、すべてのフォーマットでの認定イベントでの使用を禁止することを発表した。

 MTGは、1993年にアメリカで発売が開始された世界初のTCGであり、その後登場したTCGのほとんどがMTGの影響を受けている。MTGは、さまざまなフォーマット(使えるカードセットの範囲のこと)でプレイが行なわれており、フォーマットごとに禁止カード(一切使用してはならない)や制限カード(デッキまたはサイドボードに合わせて1枚までしか入れてはならない)が決められている。

 なぜ、禁止カードや制限カードが生まれるかというと、そのカードが強すぎてしまい、環境をゆがめてしまう(そのカードを使うデッキばかりになり、環境の多様性が失われる)ためだ。もちろん、プレーヤーやTCGショップの立場からは、禁止カードや制限カードはできるだけ少ない方がありがたい。しかし、そうかといって、新しく販売されるパックのカードが弱いと、プレーヤーの購入意欲が落ちてしまう。

 MTGは最近、広く遊ばれているスタンダードフォーマットにおいて、禁止カードが連発されるようになり、プレーヤーからの批判や不満の声も聞かれるようになったのだが、今回の発表はそうした禁止・制限カードの発表とは全く意味が異なる。MTGは現在11の言語に翻訳され、世界70カ国以上で遊ばれているため、いわゆるポリティカル・コレクトネス的な視点が求められるようになっている。さらに、ミネソタ州で黒人男性が白人の警察官に押さえつけられて死亡した事件により、アメリカだけでなく世界各地で、人種差別に抗議するデモが広がっている。そうした背景もあり、WoTCは異例ともいえる決断を下したのだ。

 ただ、公式発表では、肝心のビジュアルが公開されておらず、データベースでもすでに削除されている。今回削除された7枚のカードはどういったビジュアルで、何が問題だったのか。1枚ずつ紹介しながら、WoTCがどのような過ちを犯してしまったのか検証していきたい。

【人種差別を想起させる描写についての声明】

本日、私たちは1994年に印刷された「Invoke Prejudice」につきまして、そのmultiverse IDの変更とGathererにおけるカード画像の削除を行います。このカードには人種差別を想起させる描写が含まれており、さらに数年前に割り当てられたmultiverse IDは不運にもそれを助長させるものでした。人種差別的要素は、私たちのゲームはもちろん、いかなる場所においても存在が許されるものではありません。

しかしその点で言うなら、本来、このカードは印刷されるべきでもGathererに記録されるべきでもなかったのでしょう。それにつきましては、私たちも忸怩たる思いでおります。ここ数週間に起きた出来事と現在進行形で交わされている「有色人種を支援するためにできること」についてのさまざまな意見を受け、私たちも私たち自身を省みて、私たちが取り組んできたことと取り組んでこなかったことを見つめ直しました。私たちの取り組みが不十分であるときに、そのことに気づかせてくださる皆さまには、心から感謝いたします。私たちはより良い取り組みをするべきであり、より良い企業になれるはずです。そして私たちは、それを実現するつもりです。

そのために、私たちは人種差別を想起させる描写や文化に対する侮辱的な描写のカードにつきまして、私たちのデータベースから画像を削除することにいたします。該当するカードは以下の通りです。

Invoke Prejudice
Cleanse
Stone-Throwing Devils
プラデッシュの漂泊民/Pradesh Gypsies
Jihad
Imprison
十字軍/Crusade

以上のカード画像は、以下の声明文に置き換わります。

「人種差別を想起させる描写や文言が含まれるカードにつきまして、私たちのデータベースからカード画像を削除いたしました。どのような形であれ人種差別的要素は受け入れがたく、私たちのゲームはもちろん、いかなる場所においても存在が許されるものではありません。」

加えて、上記のカードはすべての認定イベントにおいて使用禁止となります。

私たちのゲームやコミュニティ、そして私たちの会社を誰でも分け隔てなく受け入れられるものにするために、やるべきことは多くあります。私たちは日々前進できるよう努力を重ねており、皆さまからのご意見に耳を傾けております。今後も私たちのゲームや組織が発展していく中で、より多くの計画を皆さまに共有できることを楽しみにしております。

https://mtg-jp.com/reading/publicity/0034052/

人種差別を想起させるとして削除された7枚のカード

 まず、何が削除されたのかから紹介していこう。今回、MTGのデータベース(Gatherer)からカード画像が削除され、全てのフォーマットの認定イベントにおいて使用が禁止されることになった7枚のカードとは、下記の通り。

・Invoke Prejudice(Legends:1994年) レガシー、ヴィンテージ、統率者
・Cleanse(Legends:1994年) レガシー、ヴィンテージ、統率者
・Stone-Throwing Devils(Arabian Nights:1993年) レガシー、ヴィンテージ、パウパー、統率者
・プラデッシュの漂泊民/Pradesh Gypsies(第4版、第5版、第6版:1995年、1997年、1999年) レガシー、ヴィンテージ、パウパー、統率者
・Jihad(Arabian Nights:1993年) レガシー、ヴィンテージ、統率者
・Imprison(Legends:1994年) レガシー、ヴィンテージ、統率者
・十字軍/Crudade(α版、β版、Unlimited、Revised、第4版、第5版、第6版:1993年、1994年、1995年、1997年、1999年) レガシー、ヴィンテージ、統率者

 カッコ内は、そのカードが含まれる拡張パック(エキスパンション)の名称と発売年であり、その次に書いたのが、そのカードを利用できるフォーマットである。7枚中5枚は、カード名が英語表記のみだが、MTGの日本語版カードが発売されるようになったのは1995年の第4版からであり、それ以前のカードには公式日本語名が存在しない。

 これを見るとわかるように、今回削除された7枚のカードは、MTGの27年にわたる歴史の中でもごく初期に登場し、再版もされていないカードが中心だ(プラデッシュの漂泊民と十字軍は除く)。

その7枚のカードが禁止になった理由

 この7枚のカードがなぜ禁止になったのだろうか。WoTCからの公式声明で、詳しく理由が書かれているのは、「Invoke Prejudice」のみだ。Invoke Prejudiceは、日本語版カードが存在しないが、直訳すれば「偏見の扇動」となる。このカードは、カード名自体が、かなり差別を想起させるものとなっているのだが、カードイラストに書かれた人物の衣装が、白人至上主義団体「KKK」に酷似している。また、カードテキストも「対戦相手1人が、あなたがコントロールするクリーチャーと共通する色を持たないクリーチャー呪文を唱えるたび、そのプレーヤーが(X)を支払わないかぎり、その呪文を打ち消す。Xはそれの点数で見たマナ・コストである。」であり、こちらと色が違うクリーチャーを打ち消す能力ということも、人種差別を想起させる。また、このカードイラストを描いたアーティストのHarold McNeilは、ネオナチ的主張を公言している。

 さらに、公式データベースのGathererで付与されたカードID(multiverse IDと呼ばれる)が当初「1488」であったことも、問題として指摘されている(現在は485302に変更されている)。この数字がなぜ禁忌なのか、筆者は知らなかったのだが、1488の上2桁の14は、1980年代にアメリカの白人至上主義団体のリーダーであったデイヴィッド・レーンが生み出したスローガン「We must secure the existence of our people and a future for white children.」(日本語訳:我々は我々の種族の存続と白人の子ども達の未来を確実なものにしなければならない。)の隠語「14 Words」(このスローガンが全部で14の単語から構成されているため、14 Wordsと呼ばれるようになった)を連想させるという。また、88は、アルファベットの8番目の文字がHであるため、「HH」つまり、ハイル・ヒトラーを意味する略語であり、この2つを組み合わせて「1488」や「14-88」のように用いられる。この数字は、欧米文化圏に住む一般市民からは、悪魔の数字「666」と同じように忌み嫌われている。逆に、ネオナチ系などの人種差別主義者にとっては、彼らの主張を示す数字として、身体にその数字を刺青したりすることがある。このmultiverse IDについては、公式表明では「不運にもそれを助長させるものでした」と記述されており、あくまでも偶然ついたものとされている。

 このように、Invoke Prejudiceに関しては、カード名、イラスト、カードテキスト、アーティスト、multiverse IDのすべて人種差別を想起させるものであり、麻雀なら満貫レベルというか、「これは確かにダメだろう」と考える人が多いようだ。逆に今ほどポリティカル・コレクトネスへの意識が高くなかった1994年とはいえ、よくこれでOKが出たなというレベルだ。

【特に問題があるとして挙げられたInvoke Prejudice】
カード名、イラスト、カードテキストのすべてが人種差別を想起させるとして、公式データベースから画像が削除された
現在の公式ギャラリーのInvoke Prejudiceのページ。画像が削除されている

 残りの6枚のカードについては、Invoke Prejudiceほどではないが、やはり人種差別を想起させる要素があるとして削除対象となったのだ。例えば、「Cleanse」は、白のカードだが、その効果はすべての黒のクリーチャーを破壊するというものであり、カード名が民族浄化「Ethinic Cleansing」を想起させることもあるというのが理由として推察される。「Jihad」(聖戦)や「十字軍/Crusade」もそのカード名と効果、カードイラストなどが人種差別や文化的侮辱を想起させると判断されたのであろう。

【使用が禁止された残りのカード】
「Cleanse」、民族浄化「Ethic Cleansing」を想起させる
「Stone-Throwing Devils」。イスラム教の宗教的儀式を揶揄していると取れる
「プラデッシュの漂泊民/Pradesh Gypsies」。ジプシーという言葉は、敵意を持って使われることがあったため欧州では忌避されている
「Jihad」。イスラム教の聖戦を想起させる
「Imprison」。イラストのような金属製マスクが、黒人奴隷の拘束や拷問に使われていたという背景がある
「十字軍/Crusade」。史実の十字軍をそのままモチーフにしたカードである

今回の発表が今後のプレイシーンにもたらす影響とは

 今回、公認イベントでの利用を禁止された7枚のカードだが、幸か不幸か現在のプレイシーンで使われることは珍しい。レガシーやパウパーなど、現在のフォーマットでも利用可能ではあるが、通常の構築でよく使われる必須カードではない。ただ、1990年代のMTG青春グラフィティを描いた人気コミック「すべての人類を破壊する。それらは再生できない。」(原作 伊瀬勝良、漫画 横田卓馬)が現在月刊少年エースで連載中だが、そのコミックに出てくるヒロイン「沢渡慧美」が作中で「十字軍」が入ったデッキを使い、主人公に勝利するシーンがあるが、当時はよく使われていたようで、覚えているMTGファンは少なくないだろう。

 これが、人気フォーマットでよく使われているカードなら、影響もより大きくなるだろう。しかし、MTGのカードが、人種差別を想起させるという理由で使えなくなったというのは、決して些細な出来事ではない。今回、禁止された7枚のカードは、禁止されても仕方ないと考えるプレーヤーも多いだろうが、その基準が時代とともに変わっていく可能性もある。問題構造としては、過度な言葉狩りに近いともいえる。最近では「奴隷」という言葉も、使うと難色を示される場面が増えているという。

 もちろん、人種差別はあってはならないことだが、昔使えていたカードが使えなくなるというのはTCGプレーヤーにとっては大きな問題であろう。これがデジタルのDCGなら、カードを禁止する代わりに、ゲーム内通貨で補填するなどの施策も容易にできるが、紙のTCGでは難しい。

 WoTCは、公式サイトで、以下のような表明を行なっている。

「人種差別的要素は、私たちのゲームはもちろん、いかなる場所においても存在が許されるものではありません。その理念のもとで、私たちは取り組みの第一歩を踏み出しました。私たちがやるべきことはまだたくさんあります。私たちは、これまでに印刷されたすべてのカードについて確認を始めたところです。今回の声明でマジックの歴史における問題あるカードがすべて取り挙げられたわけではありません。今後も引き続き、同様のカードについて適切な措置を講じてまいります」

 つまり、MTGの2万種類を超えるカード全てのチェックが終わったわけではないのだ。もちろん、最近のカードはそうした問題についても考慮されていると思われるが、今後も同様の理由で使えなくなるカードが登場する可能性はあるのだ。

 今回のWoTCの発表に対しては、賛否両論があるようだ。「この7枚のカードが禁止になるのは仕方ないが、今後もそうしたカードが出てくるようなら、もう怖くてMTGを続けられない」という意見も目にする。日本に住んでいると、人種差別について真剣に考える機会は少ないのだが、アメリカをはじめとする世界の情勢は、そうした気楽な態度を許さない状況になっている。例えば、人種差別を想起させるカードをそのままにしているとして、WoTCがデモの抗議対象となったり、襲撃される可能性もありうる。数あるTCGの中で、いち早く人種差別問題に対して、確固たる姿勢を示したWoTCが先例となり、今後は他のTCGについても、よりポリティカル・コレクトネス的な視点が重視されるようになるだろう。国産TCGにおいても海外展開を視野に入れるのであれば同様だ。TCGが文化として広く根付くためにも、避けては通れない問題といえる。WoTCがこの問題にどのように対処していくのか引き続き注目されるところだ。