特別企画
アニメ文化のこだわりはここまで来た! スコープドッグの前で「キリコが飲む苦いコーヒー」を飲んできた
2020年8月18日 00:00
![](https://asset.watch.impress.co.jp/img/hbw/docs/1271/326/at_01_m.jpg)
ファンというのはとてもコアな方向に濃くなる傾向がある。アニメであればセリフ1つ1つまで覚え、非常に細かい知識まで蓄える人がいる。そういう濃すぎるファンに応える商品展開はとても楽しい。時にはものすごくニッチな商品が出ることもある。
この方向で大きな成功しているのはやはり「機動戦士ガンダム」だろう。劇中の印象的なアイテムではあるが、物語に関わるわけでもないし、モビルスーツでもない「マ・クベの壺」を高級陶磁器メーカーであるノリタケが製作し、大きなヒットとなった。この壺がどんなものか、「ガンダム」ファンであってもわからない人は結構いるのではないだろうか。しかし“わかる人”はニヤニヤせざるを得ない。そういうビジネスが成立するような時代なのだ。
東京都稲城市東長沼のJR稲城長沼駅。府中市の隣にあるここには「装甲騎兵ボトムズ」の主役メカ「スコープドッグ」の実物大立像がある。弊誌はこの立像の除幕式をレポートしている。しかし筆者は「ボトムズ」の大ファンであったが、これまで来たいと思っても中々タイミングが合わず、今回ついに行くことができた。そして駅の近くのインフォメーションセンター「いなぎ発信基地ペアテラス」で、「苦いコーヒー」に出会ったのだ。
「苦いコーヒー」、そして「オレモダビール」、「ボトムズ」ファンなら反応せざるを得ない商品である。……逆にそうでない人には何を言ってるかわからないし、筆者の興奮は伝わらないだろう。これらの商品がいかにニッチか、そしてそこにこだわっているか、こういった商品を生み出す文化の楽しさ、アイディアを活かすスタッフのモチベーションの高さも紹介していきたい。
劇中出ててくることがないのに作品を感じる秘密は“ボトムズへの愛”
まず「苦いコーヒー」、正確な商品名である「稲城の苦いコーヒー」という商品がなぜファンに注目されるか、そこに注目していきたい。苦いコーヒーというのはアニメ「装甲騎兵ボトムズ」のファンにとってニヤリとされるフレーズなのである。
「装甲騎兵ボトムズ」の大きな特徴として“カッコイイ予告編”がある。監督である高橋良輔氏の凝ったセリフ回しの文章を銀河万丈さんが渋く語る予告は、その雰囲気の良さを取り上げるファンページが多数ある。その中で「キリコが飲むウドのコーヒーは苦い」という言葉がある。そう、「稲城の苦いコーヒー」はこの言葉にインスパイアされてできた商品なのだ。
劇中には特別なコーヒーは出てこない。主人公・キリコは酒は飲まず、コーヒーを飲むが、それはこれまで兵士として戦う事しか知らず、料理や酒の楽しみを知らなかったから。コーヒーにこだわる描写もないがファンにとって「実物大のスコープドッグの前で、特別に苦いコーヒーが飲める」というのは、グッとくるシチュエーションなのである。
「稲城の苦いコーヒー」はMサイズで305円(税込)。通常のコーヒーは同じくMサイズで183円(税込)である。比べると高い。ペアテラスは稲城市観光協会の協力の下、上島珈琲と“苦いコーヒー”を実現させるため豆の選定、ローストの仕方までこだわったのだ。繰り返すが、アニメ劇中に特別なコーヒーは出てこない。キリコは食のこだわりなど縁のない男であり、戦後のもののない時代に出てくるようなコーヒーであるが、わざわざ特別メニューとして「苦いコーヒー」を出す。この暴走っぷりがとても楽しい。
今回はアイスコーヒーを頼んだが、カップのデザインも凝っている。「ムセル」の文字は「ボトムズ」のオープニングの1フレーズ「炎の匂い染みついて、むせる」から。“むせる”という言葉もボトムズファンにはおなじみのフレーズだが、もちろんコーヒーとは何の関係もない。しかし、それが一緒になっているのが、何かうれしいのである。
このカップのマークをデザインしたのはデザイナーの坂本太郎氏。「装甲騎兵ボトムズ」のアニメのタイトルと同じフォントでマークを作っている。坂本氏はこのプロジェクトに非常に前のめりで協力してくれているとのことで、作品世界を活かした注意書きや、スコープドッグのレンズのデザイン風の鉢植えを寄贈するなど、坂本氏のセンスがあるからこそ作品の世界観を感じさせる仕掛けができているとのことだ。
もう1つ、注目が「オレモダビール」だ。こちらは白糸酒造から発売されているビールで、2本セットで1,834円(税込)。ラベルに張られているカタカナの文字は高橋監督直筆とのこと。ファンの心を震わせるのはその上の奇妙なアルファベットだそれは「アストラギウス文字(ギルガメス文字)」なのだ。
1980年代のアニメは、異世界感を出すため文字まで設定している作品があった。「ボトムズ」のアストラギウス文字と、「超時空要塞マクロス」のゼントラーディー文字が筆者の印象には残っている。ビールのラベルにはこのアストラギウス文字で「OREMODA BEER」と描かれているのである。
「オレモダビール」は筆者の記憶では作中のTVから、「のどごし爽やかオレモダビール!」、「俺もだ!」といったCM風の音声が流れるのみ。どんなものかは全く描かれない(劇中でビールとおぼしきモノを飲んでいるシーンはある)。それをあえて商品にしているのが楽しい。何よりラベルにわざわざアストラギウス文字を使っているところが、いいのだ。
東京都稲城市はメカデザイナーの大河原邦男氏が住む街である。実物大スコープドッグの設置は同市が進めている「メカニックデザイナー大河原邦男プロジェクト」の一環である。……改めてすごい時代だ。慣れ親しんだアニメの世界が街のモニュメントとなり、多くの市民の目に触れる。そういう“市民権を得た”存在として、アニメのキャラクターがあるというのは、文化の成熟を考えさせられる。
ペアテラスには苦いコーヒーや、オレモダビールだけでなく、様々なグッズもある。これらは「ファンには何がうれしいか?」ということを考えて企画を立てるスタッフや観光協会の尽力が大きいが、何よりそれを喜ぶファンなくしては成立しない。非常にニッチで、コアな商品をファンが求める、そのビジネスが成立するというのは、とても面白い。
なにより、その商品がいかにニッチで、いかにユニークかを語り、説明するのが楽しいのだ。博物館や美術館で作者や歴史的背景を説明するような同じ熱さで、ユニーク商品の背景を友人と語り合う楽しさ。この状況そのものが面白いと思う。こういった場所は色々行ってみたいと改めて強く思った。
(C)サンライズ