特別企画

杉山淳一の「鉄道ジオラマ旅情」、夏休みに見て欲しい「ロマンスカーミュージアム」

複々線から単線へ変化する線路と斬新なコンセプト「夜景を魅せるジオラマ」

今回の旅:「ロマンスカーミュージアム」

所在地: 神奈川県海老名市めぐみ町1-3 (小田急電鉄海老名駅隣接)
開館時間:10:00~17:00(最終入館16:30 季節による変動あり)
休館日:毎週火曜日
入館料:大人(中学生以上) 900円 子ども(小学生) 400円 幼児(3歳以上) 100円
アクセス:小田急電鉄小田原線海老名駅から徒歩1分

 筆者はこれまでHOBBY Watchで「ジオラマ旅情」として各地の鉄道情景ジオラマを紹介してきた。コロナ禍で取材もままならず、博物館も休館や人数制限となってしまったけれども、ようやく気軽に博物館を観に行ける時勢になった。そこで夏休み特別企画として、「ロマンスカーミュージアム」の「ジオラマパーク」を紹介したい。

 ロマンスカーミュージアムは、小田急電鉄の看板特急「ロマンスカー」の歴代車両を保存し公開する施設だ。所在地は小田急線海老名駅に隣接している。所在地は小田急線海老名駅に隣接しており、改札口のほぼ隣にある。ミュージアムは2階建てで、1階は歴代ロマンスカー車両が並び、いくつかの車両は室内にも入れる。2階はジオラマパークだ。

 現在、ロマンスカーミュージアムは特急車両の特徴を学ぶ企画展「ロマンスカーらしいデザインって何だろう?」を開催中だ。京成電鉄、名古屋鉄道、西武鉄道の特急列車に関する資料を展示している。小田急電鉄も「白いロマンスカー」ことVSE(50000形)の資料を特別公開している。VSE(50000形)は今秋にラストランを迎えるため、惜別企画とも言えそうだ。

 小田急電鉄は2022年3月12日から小児IC運賃が全区間一律50円になった。また、2階レストランが7月8日から「ビナキッチン」としてリニューアルされ、懐かしの洋食メニューを提供している。親子でゆっくり楽しめるレジャースポットになっている。夏休みに親子で遊びに行くにはピッタリの施設だ。

 なお、館内の様子は関連記事「小田急電鉄『ロマンスカーミュージアム』を先行公開、私鉄最大級のジオラマも」でも紹介している。ミュージアムの全貌はこちらを参照してほしい。

【著者近況】
木次線の三段式スイッチハックを見事に再現

 ジオラマの話題をもうひとつ。実は筆者「木次線応援団」の団員でもある。木次線はJR西日本のローカル線で、トロッコ列車「奥出雲おろち号」でも知られている。そのJR木次線のスイッチバックをテーマとしたジオラマが、東京・神田の「TOBICHI東京」で8月13日まで展示中だ。作者はスイッチバックが大好きな江上英樹氏。マンガ「鉄子の旅』を連載した雑誌『IKKI(イッキ)』の編集長だ。このジオラマは江上氏が半年にわたって奥出雲に住み込んで作り上げた傑作。それをわざわざ東京に持ってきてくれた。この機会にぜひ見てほしい。

※TOBICHIのページ、「JR木次線・出雲坂根」のジオラマ記事

ジオラマの地形がおもしろい

 「ロマンスカーミュージアム」のジオラマはHOゲージ(1/80スケール)の線路が主体で、面積は約190平方メートルだ。この建物は入口から奥に向かって幅が狭くなっている。そこで、いちばん奥の下北沢駅あたりでジオラマを曲げ「つ」の字形になっている。これで左右幅を稼ぎ、小田急線の新宿から小田原まで、さらに箱根登山鉄道、芦ノ湖までを再現した。

 主要駅は右手の新宿駅から、下北沢駅、成城学園駅、町田駅、相模大野駅、海老名駅、小田原駅、箱根湯本駅だ。ロマンスカーがビュンビュンと快走し、複々線区間では同一方向の各駅停車を追い抜く場面も見られる。ロマンスカーのカッコ良さをたっぷり楽しめる趣向だ。

立地条件を活かした「つ」の字レイアウト

 相模大野駅から分岐して江ノ島線があり、藤沢駅と片瀬江ノ島駅が再現されている。沿線風景の中で、江ノ電とロマンスカーを1回100円で運転体験できるコーナーもある。ロマンスカーの運転体験は小田原駅の奥にある高架線路だ。東海道新幹線の線路を借りてロマンスカーが走る。その様子は単純に面白いけれど、ロマンスカーSE(3000形)がかつて国鉄の東海道本線で高速走行試験を行い、そのデータが東海道新幹線に生かされたことを知っていれば、なかなか粋な演出だと思う。

 ジオラマの本線は新宿駅~小田原駅をHOゲージの車両が発着するけれども、トンネルの向こう側の箱根登山鉄道エリアはNゲージの車両に変わる。トンネルで景色を区切っているため、遠近法の錯視によって違和感がない。箱根エリアは景色がゆったりしているため、ヘリから見下ろしたような雄大な景観になった。

 小田急電鉄にはほかに多摩線(新百合ヶ丘~唐木田)もあるけれど、ジオラマでは入口だけで、その先は省略されている。「小田急博物館」だったら違うレイアウトになっただろうし、ロマンスカー以外の実物車両も展示されただろう。それも見たい気がする。相模原市は多摩線の相模原駅延伸を要望しているし、広大な土地もあるから、延伸が実現するときは「小田急博物館」をぜひ検討してもらいたい。

小田原線の複々線区間。各駅停車をロマンスカーが追い抜く
江ノ島線と片瀬江ノ島駅
箱根登山鉄道のスイッチバックはNゲージ(1/150)だ

複雑な線路で巧みな自動運転

 実物の小田急小田原線の特徴として、新宿駅の2層構造、代々木上原~登戸間の複々線、小田原までの複線という線路の変化がある。さらにロマンスカーは箱根登山鉄道に直通して、小田原~箱根湯本間の単線区間も走る。複線を周回する線路であれば単純な運行パターンになるところを、このジオラマでは複線、複々線、複線、単線を組み合わせた運転になる。自動運転のプログラムに苦心するところだ。

 小田原線と江ノ島線はロマンスカーや快速急行などが直通運転をしている。しかし、ジオラマでは切り離されて再現できない。「江ノ島線直通はいつか挑戦してみたいことのひとつ」(丹青社担当者)という。もうひとつのチャレンジは小田原線内の各駅停車と急行の追い越しだ。ジオラマは相模大野まで複々線になっていて、相模大野駅は中央の2本がロマンスカー用、外側の2本が各駅停車や急行用だ。

 しかし、複雑なダイヤを再現するとしても、30分の展示プログラム終了後は、すべての電車が所定の位置に戻る必要がある。これは展示ジオラマの宿命だ。待避線は江ノ島線のプラットホームでもあるので、急行待避と江ノ島線直通のプログラムの同時再現は難しそうだ。しかし、定例のプログラムだけではなく、「特急えのしま号の1日」のような特集プログラムがあってもいいと思った。

【配線図】
ジオラマの小田急線配線図。網かけ部分はバックヤード、複数の列車が待機できる。(配線略図エディタ(https://raildiag.uxm.jp/ja)にて作画)

線路の構造を追ってみる

 線路は小田原線が約412m(複線、複々線、単線の合計)。江ノ島線が約8m、江ノ電が約7m、新幹線が約27m(小田原駅付近、複線)、箱根登山鉄道が約6m(単線スイッチバック)だ。小田原線のプラットホームの長さは、通勤車両が5両、ロマンスカーが6両となっている。
 ロマンスカーに乗ったつもりで、ジオラマの線路配置を駅ごとに追ってみよう。

新宿駅

 新宿駅は上下2層構造で、上階がロマンスカー専用、階下が各駅停車専用だ。実際は上階を快速急行など特別料金不要列車も使うけど、ジオラマでは複々線をロマンスカーとロマンスカー以外で使い分けている。上階と階下は実物では直上直下の位置にあるけれども、ジオラマでは位置をずらしてひな壇状になっている。これは見栄えを重視したとのこと。

 実物の新宿駅は行き止まりホームで、到着した列車が折り返す。しかしジオラマの線路はエンドレス(周回路)だから、通り抜け構造になっている。これはほとんどのジオラマが採用しており、たとえばリニア・鉄道館も東京駅側はビルとトンネルで隠していた。ロマンスカーミュージアムの新宿駅は地下構造のおかげで、終点側のトンネルは目立たない。

下北沢駅

 ジオラマの次の駅は下北沢だ。下北沢駅も上下構造で上階が各駅停車用、階下がロマンスカー用だ。実際の新宿~下北沢間は、新宿駅から出た線路が複線にまとまり、代々木上原で上下線の間に東京メトロ千代田線が現れて、複々線区間が始まる。だから下北沢駅で複々線になっている必要がある。

 それをジオラマで巧みに再現している。まず、ロマンスカー用のエンドレスは隠し、姿を出さない。各駅停車用の線路だけ地上を走らせ、また潜らせる。その各駅停車の線路の間に、地下から現れる千代田線の線路がある。しかしこれはダミーで、下北沢駅にはつながっていない。もちろん線路の切れ目は観客から見えない。見事なアイデアだ。

きれいに並ぶ複々線。実は内側2本がダミー線路だ

 成城学園前駅は線路とプラットホームが地下、地上に駅ビルだ。付近は高級住宅地が再現されている。この駅を過ぎると多摩川を渡る。鉄橋の防音壁に隠れて気づきにくいけれど、渡った先で喜多見車両基地に向かう線路も見える。町田駅は「線路とプラットホームが駅ビルの中を通り抜ける」という珍しい建築だ。

成城学園前駅
多摩川を渡るロマンスカーGSE
町田駅

 町田駅の次が相模大野駅。ジオラマの複線区間はここで終わる。ロマンスカーと各駅停車は、ここから小田原まで複線区間を共有する。次は海老名。地上駅で遮蔽物も少なく、2面の島式プラットホームが見渡せる。ロマンスカーは中央の本線を通過し、各駅停車は副本線に停車する。列車をじっくり眺めたいならここがいい。海老名検車区の線路が並び、その片隅にロマンスカーミュージアムの建物もある。

相模大野駅 下り線の左側に江ノ島線の線路がある。ロマンスカーSSE(3000形)「えのしま」が待機中
海老名駅 ロマンスカーミュージアムのステーションビューテラスに人形が並ぶ

 海老名を過ぎると周囲に緑が増える。2本の川を渡って小田原駅に到着だ。複線を単式プラットホームで挟むというシンプルな構造だけど、ここから先に工夫がある。複線はダミーのトンネルに入る。このトンネルから先はバックヤードを通って新宿駅に戻る。ただし、手前側に線路が分岐しており、ここから単線の線路が箱根湯本駅に通じている。

小田原駅 手前の島式プラットホームと複線線路は東海道線をイメージしたダミー

 新宿方面からやってきた列車のうち、ロマンスカーだけは箱根湯本へ行き、各駅停車がダミートンネルに入って新宿へ戻る。逆方向、新宿行きの列車はロマンスカーも各駅停車もダミートンネルから顔を出す。つまり、小田原~箱根湯本間は一方通行だ。ロマンスカーは箱根湯本に着くと、その先のダミートンネルに入って、バックヤードの線路に合流する。ちょっと見ただけでは、箱根の山でループして小田原に出てきそうだ。しかし実際は新宿駅まで、バックヤードの長い旅をする。

箱根湯本駅

 箱根湯本駅から箱根登山鉄道の電車が発着している。しかしこの電車は山の中で折返し戻ってくる。続きは山の向こう、Nゲージのスイッチバック区間がある。この景観的なつながりも違和感がない。芦ノ湖側は建物が少ない山の中だから、Nゲージの方が雄大な景色に見える。山肌はちゃんと植栽しているところも注目してほしい。ほとんどのジオラマは素材を緑色に塗るだけ、あるいはフェルト生地を貼っている。しかし植栽したことで風景がリアルになるし、照明の反射を防ぐ高架もありそうだ。

 このジオラマは夜景で姿を変える。次ページは夜景での注目ポイントを掘り下げたい。

箱根登山鉄道は単線スイッチバック。こちらも自動制御