インタビュー

BOME氏が語る40年の歴史、ワンダーフェスティバル実行委員会インタビュー

怪獣、メカ、美少女、デジタル化、進化していくワンフェス

 2月9日、幕張メッセにて、「世界最大級のガレージキットの祭典」である、「ワンダーフェスティバル2025【冬】」が開催される。

 ガレージキットとは造形作家が自分の作品を複製し、購入したユーザーが組み立て彩色することでフィギュアを手にできるキット。ワンダーフェスティバルには数千の造形作家(ディーラー)が集い、こだわりの作品を発表、販売している。昨今では企業ブースでのフィギュア商品の発表の場としての役割も大きい。

 今年はワンフェス40周年、この機会に、改めて「ワンフェスの魅力を紹介する」というテーマで、造形作家のBOME氏とワンダーフェスティバル実行委員であり海洋堂の田中佑志氏に話を聞いた。BOME氏はゼネラルプロダクツがワンフェスを立ち上げたときから海洋堂スタッフとしてサポートに参加、自身も1ディーラーとして参加した経験もある、ワンフェスを見守ってきた人物の1人だ。今回は「ワンフェスとはどういうイベントか」という根本的な質問をお二人にぶつけてみた。

今回お話を聞いた造形作家のBOME氏。BOME氏はゼネラルプロダクツがワンフェスを立ち上げたときから海洋堂スタッフとしてサポートに参加、自身も1ディーラーとして参加した経験もある

ゼネプロ主催から海洋堂へ、BOME氏が語る「ワンフェス40年の道のり」

――今回、「ワンダーフェスティバルの魅力を紹介する」というテーマでのインタビューとなります。そもそも「ワンダーフェスティバル」というのはどんなイベントなのでしょうか?

BOME氏:「世界最大級のガレージキットの即売会」なのですが、まずは「ガレージキットって何?」というところから話さなければなりませんよね(笑)。ガレージキットというのは、プロアマ問わず、自分が作ったフィギュア、オリジナルの原型を"複製"して、販売する商品です。購入することでユーザーは原型師が作った作品と同じものを組み立てたり、塗装でして作り込むことができます。

 ……プレ開催となった最初のワンダーフェスティバル開催は1984年。当時、メーカーによる商品では自分が欲しいキャラクターのものがなかったり、造形として満足できるものがなかったんです。立体物の商品自体が非常に少なかった。そこでハングリー精神と、フロンティア精神のある当時のコアなホビーファンは「じゃあ僕らが作ってやる」と、自分で色々なものを立体化していたんです。

 しかしそういった作品はあくまで一品ものです。ところが、「レジンによる複製」という自分の原型をいくつも複製する方法が、当時のホビージャパンなどの模型雑誌に紹介されたんです。自分が作った原型にシリコンを流し込むことで型取りして、その型にレジンを流し込むことで自分の作品が複製できる。自分の作品を複数作ることができるようになったんです。

 当時海洋堂や、ゼネプロ(ゼネラルプロダクツ)は、薄い樹脂に木などの原型を押しつけることで複製を行う「バキュームキット」を販売していた。バキュームキットの技術が上がってきて組み立てやすい商品も出てくる中で、レジンキットで一般ユーザーも自分の作品を複製、販売できる「ガレージキット」という文化が本格的に生まれ始めた。このガレージキットを売るようなイベントができないか? というのが、「ワンダーフェスティバル」の始まりです。

――ゼネラルプロダクツさん、アニメ制作会社のガイナックスの母体となった会社ですが、ワンフェスは元々ゼネプロさんが主催ということで始まりましたね。ワンダーフェスティバルのスタートの経緯を教えてください。

BOME氏:最初、ゼネプロが主催で、海洋堂はお手伝いという形でした。まず、ワンフェスという名前がつく前に、ゼネプロの本拠地であった大阪・桃谷でプレイベントと言えるガレージキット即売会をゼネプロが開催したんです。そこで非常に好評で、「ワンダーフェスティバル」という名前を掲げてのイベントをやろう、という動きになりました。

 スタートは1985年、東京・浜松町の東京都立産業貿易センターで、ディーラー数39、入場者2,000人の規模で第1回「ワンダーフェスティバル1985[冬」がスタートします。このときはまだ貿易センターの1フロアだけなのですが、ここからどんどんフロアを増やし会場を大きくしていきます。

ワンフェス初期の思い出を語るBOME氏

 浜松町では1991年まで開催しました。3フロア全部使っても希望したディーラーさんに応えられない、入場者を待たせてしまって時間内で入れないようなお客さんも出てきてしまって、会場の面積として限界になってしまったんです。そこで「ワンダーフェスティバル1992[冬]」からは晴海にあった「東京国際見本市会場」に場所を移すことになりました。そして晴海に移る時期にゼネプロが「ワンフェスやめる宣言」をして、主催が海洋堂に移るわけです。

 それまで海洋堂はずっと“応援”という立場でした。「気概がある人たちは応援せねばあかん」という精神ですね。会場で机を出すのを手伝ったり、そういう立ち位置だったんです。そこから運営を引き継ぐわけですが、海洋堂主催の第1回ワンフェス「ワンダーフェスティバル1992[夏]」は大失敗でした。本当にすごい失敗に終わったんです。大赤字でした。

――どうしてそんな失敗になってしまったんでしょう?

BOME氏:ワンダーフェスティバルをゼネプロから受け取ったのはいいんですが、ノウハウの引き継ぎがなかった。センムこと、海洋堂の宮脇修一氏の考えでは「もっとうまくやれるはず」という想いがあったと思います。しかしほんとに大失敗でした。運営の不備、お客さんやディーラーさんへの対応も不十分で、大赤字でした。ここから大いに反省し、その後東京ビッグサイト、そして幕張メッセへ会場を移していきます。

 いまでこそワンダーフェスティバル実行委員はきちんと機能していますが、1992年に引き継いでから、スタッフたちは何度も試行錯誤してノウハウを作り上げていきました。うまく進められるようになってきた、という実感が得られるまではかなり時間がかかった、というのが私の印象です。

――BOMEさんは最初のワンフェス、ゼネプロ主催の頃から参加なさってるんでしょうか?

BOME氏:その頃はまだ海洋堂の東京のギャラリーで働いていたので、現地スタッフとして協力していました。今でも第1回の熱気は忘れられません。やっぱり怪獣フィギュアが熱かったですね。当時は怪獣の立体物の商品って少なかったんです。メーカーも一般ディーラーも怪獣への思いが強かった。1回目はとにかく出展物がすごかったです。「3mのモスラの幼虫」とかありましたからね。ガレージキットだけでなく、「俺が作った造形を見てくれ」という人の思いがこもった場所でした。

 そこから2回、3回とワンフェスが重なっていく中で、造形作家の競い合いですよ。「俺の怪獣フィギュアの方がすごい」、「俺の方がかっこいい」……。その後ロボットや、美少女フィギュアなども出てくるんですが、やはり怪獣への想いというのは今でも変わらずワンフェスで感じられるものだと思います。

こちらは「ワンダーフェスティバル2024[冬]」での出展、40年間怪獣はワンフェスの人気モチーフ

――BOMEさんはまさに美少女フィギュアというジャンルを切り開いた方です。

BOME氏:女の子モチーフのフィギュアが出てくるのって、私の感覚では「つい最近」です。特に“市民権”を得たのは本当に最近です。時流が変わったのは「セーラームーン」が出てからですが、そこからパソコンの美少女ゲームのキャラクターなども出てきます。1つのジャンルとしてしっかり確立するのは「新世紀エヴァンゲリオン」からではないでしょうか。ここで時代がはっきり変わったと感じています。自由にみんなが作品を作って、しかも売れた。ガレージキットの歴史において、欠かせないムーブメントだったと思います。

――ワンダーフェスティバルはその爆発的に大きくなっていくフィギュア文化の象徴的な存在ですね。

BOME氏:晴海の国際展示場はビックサイトになるのですが、ワンダーフェスティバルの規模と人気は非常に大きかったです。ビックサイトで6館借りても満員で、大盛況に会場が対応しきれなくなってきた。一般ディーラーだけでなく、企業ブースも出るようになって、現在のワンフェスに近い形になりました。フィギュアの素材もより安定して生産でき、造形も細かくできるPVCになり、完成品フィギュアも増えていきました。昔とは環境が変わったな、と今のワンフェスを見ると思います。

――ワンフェスはプロの原型師さんが個人として出展・販売もしていますね。初期のワンフェスは特にこの傾向が強く、プロ、セミプロと言える人たちが集まっていた印象があります。

BOME氏:ゼネプロさんの時代から「趣味でフィギュアを作っている」という人がやはりメインだったと思いますよ。「自分が作ったものが複製できる技術」というものが生まれたことが、ワンフェスの原動力になったと思っています。レジンで複製を作る人たちは、今のワンフェスでもたくさんいます。

 売るとか、流通もなかったんです。今のようにネット販売もない。自分が作ったものを売る場所がある、というのがワンダーフェスティバルが人を集める大きな理由だと思います。そのときしか売れないもの、買えないものがある場所、というのがワンダーフェスティバルです。セミプロの人たちだけでなく、プロの方が作った商品も、ワンフェスだけの特別商品、というのが多いです。

 そしてワンフェスが発明したものが「当日版権」です。その日1日だけ、ワンダーフェスティバル出展商品だけ、版元が販売の許可をしてくれる。この仕組みがあるからこそ版元公認のキャラクター商品が買える。その商品の版権許可はワンフェス当日その1日だけなんです。海賊版や非公認アイテムではない、しっかりした商品売買が成り立つ、というのもワンフェスの大きな魅力です。

「ワンダーフェスティバル2024[夏]」は「葬送のフリーレン」の出展も目立った

――当日版権は実現するのは本当に大変だったと思いますが、その決まりができたからこそ、ディーラーも来場者も安心して商品を購入できる、ワンフェスを象徴するシステムだと思います。初期はそういう版権といった考えもないカオスなものだったかとも思いますが、どのような流れで生まれたのでしょうか。

BOME氏:元々はゼネプロと海洋堂がバキュームキットを作るときに版権を取得する、という動きが基礎にあります。最初はゼネプロさんの「ジェットビートル」を円谷さんに許可を求めて、うち(海洋堂)も「海底軍艦」を東宝さんにお願いをしたんです。「商品を売るのにちゃんと版権を得よう」というのはきちんと持っていて、ワンフェスの早い段階から許可を得やすい方法として「当日版権」という手法を発明したのです。まあ、すごく大変なんですけど(笑)。

田中氏:当日版権はワンダーフェスティバル実行委員がとりまとめて行っています。ディーラーさんがワンフェスに出展を希望する際、「この作品のこのキャラクターの当日版権を得たい」と申請してもらって、実行委員が版元に確認をとる、というプロセスをとっています。

 ディーラー募集はワンフェスが終わった後、数週間で次の受付が始まります。当日版権の取得は時間がかかる場合もあるので、早めの申し込みと、版権の手続きを進めさせていただきたいですね。

――ディーラーが作りたいキャラクターがあれば、その版権の申し込みをワンダーフェスティバル実行委員がやってくれる、ということですか。

田中氏:はい、そのためのノウハウもあるので、こちらで管理しています。版権の対応もバラバラなので、こちらで行います。

造形はデジタルへ、家族連れも訪れる進化していくワンフェス

――次からは「現在のワンフェス」について質問させていただきます。現在、ディーラーさんの申し込みは数としてどのくらいでしょうか?

田中氏:現在は2,200前後です。これは「一般ブース」の申し込みになります。「企業ブース」は大体70~80社くらい。一般ブースに申し込む企業ディーラーの方もいらっしゃいますが、こちらは2,200に含まれます。

――2,200! 改めてすごい規模ですね。それだけの一般ディーラーさんが当日版権を希望するとなると、どのくらいの数ですか?

田中氏:2,200の中には企業ディーラーや、中古販売、オリジナルの商品を販売しているところも少なくありません。当日版権を申し込むのはおよそ半分、1,000を超えるくらいでしょうか。

――BOMEさんにお聞きしたいですが、現在のワンフェスって非常に幅広い作品が集まっていると思うんです。キャラクターフィギュアだけじゃなくて、芸術作品のような作家性の強い作品、トイガンのカスタムパーツ、アイディアツールなど本当に幅広くなったなあという印象です。

BOME氏:そこは海洋堂が目指した方向性でもあるんです。ゼネプロさんからワンフェスを引き継いだときに、「みんな来いや!」というのが宮脇のメッセージでした。「立体物なら何でもOK」という、ルールがないのがルール、というような、何でも受け入れるイベントにしたかったんです。だからこそ皆さんに来ていただけたと思います。

 アクセサリを作る方も来て、ドールの服も作って販売している。トイガンのカスタムパーツや、ツールキットまで販売している。販売だけじゃなく、コスプレもOKで、会場をコスプレーヤーが歩いていたりもする。宮脇の「何でも来いや!」という声に応えていろんな人に来ていただいています。宮脇は“お祭りの大将”になりたい人なんですよ(笑)。宮脇のこの姿勢がワンフェスを楽しい自由な空間にしているんだと思います。

「何でも来いや!」というワンフェスの姿勢は、宮脇修一氏の想いを体現していると言えるだろう

 「ガレージキットじゃなくちゃだめ」、「厳密な立体物だけ」といった姿勢で運営していたらひょっとしたら今のような盛り上がりはなかったかもしれません。コスプレーヤーや、ファン、いろんな人を巻き込んで楽しいお祭りにできているのがワンフェスの魅力だと思います。この方向性は宮脇と海洋堂が意識して進めていきました。

――やはり“カオスなお祭り”というのが現在のワンフェスの大きな魅力、というところでしょうか。

BOME氏:そうです。私の友人は「楽しい」といっていました。会場に漫画家やイラストレーターを呼んで見てもらったりもしているんですが「1日中回っても楽しい」とよく言われます。やはり商業では出てない漫画やアニメのキャラクターフィギュアを作っている人を見るとワクワクしますし、初めての人には「すごい!」と思ってもらえます。

これらは「ワンダーフェスティバル2025[夏]」に出展された作品たち。美少女、メカ、小物にアクセサリー……。「立体物なら何でもOK」というカオスな空間がワンフェスの楽しさ

――40年ワンフェスを見続けたBOMEさんは、最近のワンフェスにどのような感想をお持ちですか?

BOME氏:僕らが1スタッフとして参加していたような昔は、原型はみんな手で作っていたんです。今だと「ZBrush(彫刻のように3Dモデルを造形できるスカルプティングが可能なCG用モデリングツール)」でモデルを作って、3Dプリンターでキット化するような、デジタルの世界での作業が中心になっている。アナログからデジタルの移行がとても顕著になっています。

 デジタルは造形の門を広げた、というのが私の実感しているところです。手でフィギュアを作れなかった、そういう技術を取得できずに自分で立体化ができなかった。そういう人が「ZBrush」の使い方を覚えて、立体物に挑戦するそういう人も出てきています。

 また最近は海外の人もとても増えました。これもデジタルの恩恵だと思います。「ネットで見た立体物を実際にその目で見たい」という人はもちろん、「自分で作品を作って参加したい」という人も増えました。もともとワンフェス初期でもPCゲームの美少女キャラクターをフィギュア化するような、「デジタルが得意」という人は結構いたんです。デジタルで造形して3Dプリンターで出力、というような方法も違和感なくできる、という人は多いのかもしれません。アナログ脳の私にはちょっと難しいところもあるんですが(笑)。

――ちょっと話を脱線させていただきますが、BOMEさんも昨今は原型をデジタルで作っているのですか?

BOME氏:デジタルに移行しようと頑張っています(笑)。手で作ってスキャンしてデジタルで直すとか、やっぱり作業的に意味が少ない。全部デジタルで行う方が無駄がないと感じています。アナログとはまた違う、デジタルの面白さもわかってきました。

――話をワンフェスに戻しますと、3Dプリンターを使うディーラーさんも増えている印象です。従来からディーラー希望者が大きく増えた、ということはありますか?

田中氏:そこまで大きく変わった、という印象はありません。ただ、3Dプリンター、デジタルによる原型制作をしているディーラーの割合は増えています。ディーラー希望者の数はそこまで変わらない中で、割合が変化しています。

――40年の間に、引退するディーラーさんなどもいて、世代交代が進んでいる、ということでしょうか。

BOME氏:やめる方もかなりいらっしゃいます。メーカー側も「原型はデジタルで」という会社もありますし。プロの原型師の方でも、デジタルに移行できずにやめた、という方もいます。一方でデジタルに移行して仕事を続けている人もいます。

 ……40年間では作る側もそうですが、客層が大きく変わりました。”僕らのワンフェス”という時代には「家族連れ」なんていなかったですよ(笑)。特に新型コロナウィルスの流行前までは家族連れが目立ちました。そこはびっくりしましたね。子供たちが個人ディーラーを回って、その子供はコスプレしている(笑)。コロナ後でまた変化はしています。コロナがあって、作り手のデジタル移行率がぐっと増えました。

 3Dプリンターも安くなりました。昔は30万円くらいしていたのが、今では8万円以下、5万円とかでも買える。粘土こねたり、エポキシパテを盛って削って原型を作っていた時代が“懐かしい”といえる変化が起きています。

 さらに販売アイテム、モチーフも変わっています。怪獣、ヒーロー、ロボット、美少女……トレンドが変わっていますし、美少女フィギュアもアニメモチーフから、ゲームモチーフ、最近はスマホのソーシャルゲームのキャラクターが人気です。

――最近ワンフェスの美少女フィギュアで人気のモチーフは何でしょうか?

田中氏:「ブルーアーカイブ」、「FGO(Fate/Grand Order)」の人気は強いです。ここに「ウマ娘 プリティーダービー」、「ホロライブ」、「原神」と続きます。ただ「ゴジラ」、「ウルトラマン」シリーズはずっと人気です。

――「ウルトラマン」、「ゴジラ」、“怪獣”が40年前のワンフェスの最初の人気モチーフでしたが、ずっと人気なんですね。

BOME氏:そうです。そして実は怪獣はデジタルと相性がいいんですよ。「ZBrush」の機能の中に、怪獣の皮膚を造形しやすいものがあって、これを使うと怪獣ならではの皮膚が表現しやすい。僕自身もまだまだこれからなんですが、ツールの機能を使いこなすことで表現の幅が広がっていくという実感をもっています。

 ただ、でも、複製は今も昔もシリコンゴムで型を取って、レジンを流し込んで作る昔ながらの方法です。ここは進化しないですね。

――お話を聞いているとワンフェスは非常に盛況で、世代交代も進み、時流も捉えているという印象ですが、今回のインタビューのメインテーマであり、メッセージとしては「もっともっと来場者やディーラーが増えてほしい」、ということなのでしょうか?

田中氏:イベントを続けていくためには、もっと多くの人に興味を持ってもらいたいですし、ディーラーとしての参加に挑戦していただきたいです。「造形をもっと身近なものに感じてほしい」というのは私たちが変わらず持ち続けているメッセージです。

 そのためには会場へお越しいただき、会場を歩いていただくのが一番です。しかし現在でも運営側の問題、会場の環境などの課題があります。例えば会場全体の導線の問題など歩きにくい、一般ディーラーを回りにくいという問題がありますし、前回ではお客様を会場に入れるプロセスで意見をいただきました。予定していたより入場時間に時間がかかってしまいました。今後改善していきたいと思っています。

 このほか、来場者に来てもらうための施策として午後になると入場料が安くなる「午後割」という制度を導入しました。午後に来ていただくことで入場料が割引になります。

――一方でディーラーさんに来てもらうための施策は何かなさっていますか?

田中氏:ディーラーの募集要項が記載されているマニュアルや、当日版権などの仕組みの説明など、もっとわかりやすくしていきたいと思っています。

――現在はSNSも発展し、自分が作った立体物の発表や、時には販売も可能で、「ワンフェスだからできること」という意義が改めて問われているようにも思います。

BOME氏:自分が作ったものを目の前で見てもらって、買ってもらって、お金に変わる、というのは得がたい体験だと思います。自分が作ったものを全く知らない人が見てくれる、これはワンフェスだからできることです。何よりやはり規模感ですね。視界いっぱいに自分と同じように立体物が好きで、自分で作って、売ってしまう。そういう仲間がたくさんいる、この実感は得がたい。模型サークルの展示会で、これだけの規模はないですからね。作り手側、

 原型師、そして1ディーラーとしての意見としては会場に来た人たちが「もしかしたら自分も作って、売れるかも」と思ってほしいです。初挑戦では売れないかもしれない。見てもらえないかもしれない。でも何度か出していると、「自分の作品も見てもらえてる」と実感すると思うんです。僕自身ディーラーとして参加した経験として、その実感がとても大きかった。この気持ちを多くの人に体験してほしいです。

 マンガやイラスト、小説はSNSで見ることができるんだけど、立体物は写真だけでは伝わらないんです。その場所で見て、いろんな角度から、距離から見ないと、立体物の本当の魅力は伝わらない。自分の目で、その場でしか見ることができない「実物の迫力」ってあると思うんです。

――そして繰り返しになりますが、ワンフェスって本当に歩いているだけで楽しい世界ですよね。

BOME氏:それこそが私たちが一番味わってほしいことだと思っています。私がディーラーとして参加したときは、売れるかどうかわからない、胃が痛くなるようなプレッシャーを覚えています。そしてお客さんが来てくれた喜びは何物にも代えがたいです。

 そしてやっぱり「レジン複製の感動」ですね。型を作って、レジンを流し込んで、型を開けてみたとき、レジンが自分の原型をちゃんとコピーしているのがわかったときの感動は今でも忘れられません。原型を作ってるだけでは複製の楽しさ、売ることのプレッシャー、お客さんが来てくれたときの気持ちは味わえません。

 しかもそれだけではなく、ワンフェスって「展示だけでもOK」なんです。自分の作品を見てもらうというだけでもとても楽しい。会場はものすごい人数ですからね。あの人たちに自分の作品を見てもらえる、というのは楽しいです。「俺はこんなもの作ったぞ!」と作品を出し「これキットにしないんですか?」なんて聞かれたら、もうワクワクしますよ。

――今回のワンフェスでの注目ポイントを教えてください。

田中氏:「コラボイベント」です。前回は「ゴジラ」シリーズなどの東宝特撮で、「機動警察パトレイバー」なども過去にやっていましたが、今回は「タツノコプロ」です。企業ブースに専用のコーナーを設け、一般ディーラーのタツノコプロ関連のキャラクターの立体物を展示します。色々なキャラクターだけでなく、表現もバラエティー豊かなので、是非見に来てください。

 ほかには公式のイベントステージがあります。声優の置鮎龍太郎のステージや、ワンフェス40周年を記念し、BOMEも登壇するステージもあるので、こちらもお楽しみに。

「タツノコプロ」とのコラボレーションは見所の1つ

――最近のワンフェスを見て、特に印象に残ったものがあれば教えてください。

田中氏:TVでワンフェスを取り上げてもらったことがあって、あるディーラーさんが「自分の奥さんの若い頃のフィギュア」を作って販売していたんです。しかもそこは旦那さんと娘さんの親子でディーラー出展していたんですね。「ワンフェスでこんな人たちが参加しているのか」と感動した記憶があります。

 キャラクターだけじゃなくて、自分の家族をフィギュア化して、しかもそれをガレージキットとして販売する。そういうことができる場所というのは本当に特殊で、自由な場所だと思うんです。だからこそ守っていきたいと思いましたし、色々な人に参加してほしいと思いました。

BOME氏:僕もTVで知ったんですが、海外に「ゴジラ」のファンコミュニティがあって、ゴジラのガレージキットを買うために世界中からこの会場に集結していたんですよ。まず会場で番組そっちのけで散らばって走り回って、買えたらものすごく喜んでる。世界中の人がSNSでの情報交換でワンフェスに集まるというのは、すごいことです。旅費だけでゴジラフィギュアを何体も買えるのに、それを使って会場に買いに来る。彼らが会場の雰囲気を楽しんでいる様子がぐっときました。お忍びで映画監督など、世界中の人が来てくれますね。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

田中氏:ワンフェスには色々な要素があって、造形の素晴らしさを楽しめるだけでなく、一期一会の場だと思うんです。お客さんとディーラーさんが出会える場所です。お客さんにも楽しいイベントを作っている仲間として是非体験してもらうためにも、会場に来てほしいと思います。お客さんとして楽しかったら、ディーラーとして参加し、より深い面白さを感じてほしいです。

BOME氏:ディーラーもお客さんも、この「世界最大級の造形イベント」をなめるように、ねぶるように、楽しんでほしいです。各ディーラーの力一杯の作品を見て欲しい。よろしくお願いします。


 ワンフェスというのは本当に独特の空間だ。「自分の立体物を見てほしい」という人の強烈な想いは会場を歩くだけで伝わってくる。昨今ではSNSで自分の作品や想いを発表することもできるが、ワンフェスは独特の熱気がある。立体物を作って、複製して、売る、という、作品を発表するだけではない、「イベントに参加していることでの自負」が感じられ、こちらもやはり気軽なだけでなく、その気合いを受けて真剣に作品を見てしまう。作品に対して作者と話をしたくなってしまう。

 今回のインタビューでは特に、ホビー文化を先導し、40年間ワンフェスを見続けたBOME氏の話を聞くことができたのは、1ホビーファンとしてとてもうれしかった。彼は1人のディーラーとしてワンフェスの魅力を語ってくれた。田中氏の「この場所を守りたい」という真摯な言葉にも心が動かされた。まだワンフェスに来たことがない方は、ぜひ会場を訪れてほしい。